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あの時キミは若かった。

 故郷の友人が、引っ越し祝いに贈り物を送ってきた。モノはDVD1枚。

 残念ながらR18モノではなくw、懐かしい映像を編集したものだ。

 時は1988年、8月から翌年5月まで、自分はとある通産省(当時)関係の施設に出向していた。富士山麓にあったその施設は、民間の企業から派遣された20代後半~30代前半の人々が、前半は東南アジアの、後半は欧米の短期留学生と一緒に寮に暮らし、国際関係の学習をするというものだった。もちろん会話は英語である。

 それまで英語を聞いたり話したりした経験はなく、最初のうちは話していることがまったく分からずにストレスとなっていたが、数週間経ったある日、突然霧が晴れたように相手の言うことが分かるようになり、以降ストレスは軽減した。「リアルスピードラーニング」である。(嘘つけw)。

 自分は部屋に当時所有していた楽器類ーギター、シンセ、エフェクト、ミキサー類ーを持ち込んでいたので、ほどなく同僚の知るところとなり、12月14日のクリスマスパーティーでバンド演奏をすることになった。実はライブ演奏自体初の経験である。

 演奏曲は決まり、担当楽器も決まった。メンバーとその出身は
ギター&ヴォーカル・・・私(某金融関係)
ギター・・・某電力会社。
ヴォーカル・・・某食品会社。
ヴォーカル・・・某鐵工所。

 である。ドラム、ベース&キーボードパートは楽譜を手に入れ、自分所有のキーボードとMIDIシーケンサーでバックトラックを打ち込み、ギターとヴォーカルを被せるという形式である。キーボードは

メイン:ヤマハDX-7II
サブ:コルグM-1R、オーバーハイムMatrix-1000、
ドラムマシン:ヤマハRX-5

MIDIパッチャーで分岐してコントロールするというものだ。MIDIシーケンサーヤマハQX-3。コンピューターコントロール以前の最新鋭ライブシステムである(年寄りの自慢)。

 リハーサルは施設の体育館で行われた。簡易PAとマイクがあったので、ステージ上に機材一式を持ち込み、そこで夕食後に連夜行ったのだ。時期は11月中旬、夜ともなれば冷え込みも強く、エアコンもない屋内は着込まないと寒い環境だったが、初ライブに向けてモチベーションの高まった自分にはむしろ楽しかった。

 故郷の旧友がここを訪れたのはこの頃である。休暇を利用してやってきた彼は、当時の最新8mmビデオカメラを持っていた。

【注】今でこそビデオと言えばデジタルorHDD録画がデフォだが、当時はアナログであり、ビデオフォーマットもいくつかあった。代表的なのはVHS(パナソニック等)とベータ(SONY等)で、民生用ビデオはこの2つが鎬を削っていたが、ビデオカメラにもC-VHSと8mmという互換性のない規格があったのだ。詳細はWikiにて。

 彼は滞在中の様子をビデオに録っており、ある夜のリハーサル風景を収録していた。時を経て、その映像を曲ごとに編集し、DVDに落としたものを送ってくれたのだ。当然サウンドはカメラ内蔵マイク、無編集である。

 この中には、88年の自分とバンドメンバーの当時のプレイが収録されている。驚くのは当時の本人の身軽さだ。軽く身体を揺すりつつ、楽しそうにプレイする自分の姿は、現在の「飛べず走れず弾けぬデブ」とは大違いだ。

 ちなみに、

 某鐵工所のヴォーカルは現在父の跡を継ぎ、社長。

 某食品会社のヴォーカルは人事関係に長く従事し、現在とあるセクションの長。

 某電力会社の人は音信不通だが、美人のお嫁さんとうまくやっているだろう。

 そして某金融系の会社員は、流転の末今は派遣工員。


 人生いろいろである。